Interview

今回は、福岡市博多区博多駅東にある” 魚イタリアンバルUhkha” オーナーの河原 祐介(かわはら ゆうすけ)さんにお話を聞いてきました!

  • 河原祐介さん
  • Taberiiインタビュアー

本日は宜しくお願いします!

宜しくお願いします!

ではまず、お店の名前の由来を教えていただけますか?

はい、店名のUhkha(ウカ)は古代ユダヤ語で、「ひとつになる、一体になる」っていう意味なんです。このお店が2号店なので、1号店と絡ませたいなって思っていて。1号店の名前の由来もそういう部分が絡んでいるんですけど、覚えやすくて短い言葉でそういう思いが入っている名前はないかなぁって色々と考えていたときに、このUhkhaという言葉が見つかったので、使いました。

1号店のお店の名前は何ですか?

NewPond(ニューポンド)です。

NewPondのお名前に絡ませたということですが、こちらのお名前の由来も教えていただけますか?

NewPondっていう名前は、元々そこの物件の大家さんがNewPondというお店をされてたんですよ。そのまま引き継ぐ形で、居抜きでお話をいただいて、不動産会社を通さずに、知り合いだったので直接お話を頂いたんですよ。そこから入るかたちになったんですけど、NewPondに関しては別の名前を付けて良いって言われてたんですけど、オーナーさんの思いとか歴史とかを聞いていると、この名前そのまま引き継ぎたいなって思ったんですよね。すごく温かい人たちだったんですよ。めちゃくちゃ仏みたいな方で。この名前、「使わせていただけませんか」って言ったら、とても喜んでくれて。そんなに喜んでもらえるんだ、絶対使おうと思って、NewPondっていう名前をそのまま引き継いだんですけど、僕が後付けで名前に由来を持たせたんですよ。NewPondって直訳すると「新しい池」ですよね。ジャングルとか森とか砂漠とかに、オアシスがあって、水場って貴重ですよね。いろんな動物が水場に集まって、そこでは争いがあまり無いようなイメージがあったんですよね。
なので、うちのお店も老若男女、職業問わず、色んな人たちの憩いの場になればいいなっていう思いをNewPondっていう名前に持たせたんですよ。要は池とかって絵に描いたりすると円をイメージするので、その円が人の縁の繋がり、みんながひとつになるようなイメージっていうのも、四角とか三角ではなくて丸のイメージがあったりしたんです。
そういうのでNewPondのロゴも丸で、それにNewPondという文字を絡めさせてるんです。それをどうにか2号店の方にも持ってきたくて。そういう意味を持たせた言葉が何かないかなと思っていて、Uhkhaという名前が古代ユダヤ語だったので、面白いなと思って付けました。地球上の歴史の話になるんですけど、ユダヤってかなり面白い文化を持っているんですよね。日本人ともかなり密接な関係を持っているので。世の中にいるお金持ちの方や、今、世の中を動かしているような人たちもユダヤ人との絡みがあったりするので、そういう歴史的な部分とかも絡ませたら面白いなっていうのと、自分自身がちょっとユダヤに興味があるのもあったりして、ユダヤ語を使ってみようっていうのも、一つありました。

そうなんですね。お店の名前はお一人で考えられたんですか?

そうですね、僕が考えました。前のオーナーさんのNewPondっていう名前を引き継いだかたちで、それに関連付けた感じです。

実際にお店が「一体になる」っていうのは、お店とお客さんがどうなるイメージなんですか?

そうですね、全部のイメージですけれど、料理と飲み物と空間がひとつにならないと、まず飲食店としては成り立たないと思うし、お客様とスタッフ、そこがひとつにならないとお客さんの満足度ももちろん上がらない。スタッフの働く満足度にも繋がってこない。なので、ひとつになるっていうのはすごく大事なことかなと。
そういう意味を持ってひとつになるっていうのは、ラグビーでもありますよね。「One for All、 All for One」ですかね。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」みたいな。それも結局は、ひとつになるっていうことだと思うんです。やっぱり大事なことかなと。

素敵なお名前ですよね。そういった意味が込められていたんですね。 では、次にお店の開業日を教えていただけますか?

お店の開業日が、コロナのど真ん中なんですよ。2021年の5月1日ですね。

河原さんは福岡のご出身ですか?

そうです。

福岡がご出身とのことですが、どんなきっかけで飲食の道に進まれたんですか?

もともと中学校の文集に、将来の夢とかみんな書くじゃないですか。あそこに僕、「料理人になる」って書いていて。中学校の時にすでに料理人の夢は持ってたみたいで、あんまり覚えてないんですけどね。親に聞いたら、小学校1年生ぐらいで卵焼きは焼いてたらしいんですよ。

すごいですね!

親に教えてもらいながら、お風呂場の椅子あるじゃないですか、あれを持ってきて、あの上に立って卵焼きを毎週日曜日は僕が焼くっていうのをやってたらしいんですよ。あんまり覚えてないんですけど、ものづくりは結構好きだったっていうのがあって。

中学生の時にそういう夢を持っていらっしゃったんですね。

なのでもう一択でした。あれもやってみたい、これもやってみたいっていうよりはどちらかっていうと、料理人になるっていう気持ちでした。親も働いていたので、遅くなった時とかは自分で作ったりとか、火は使うなとは言われていたものの、祖父母もいたんで、一緒に住んでると祖父母がいるところだったら使っていいとは言われていたんで、それでちょこちょこ自分で作ったりとかはしてたので、料理人になる一択で、学生時代後半を過ごしていた記憶はありましたね。料理人になりたいと思っていて、高校卒業して福岡の調理師専門学校に行ったんです。そこで2年間やって、その後東京に行きました。

東京ですか?

そうですね。東京に7年ぐらい

東京に自分で行こう、ここで働こうって決められたんですか?

最初は学校がちゃんと就職先っていうのはアテンドしてくれるので、先生と話しながら決めました。社会のことなんて1ミリもわからない小僧なんで、先生たちの助言通りに動いて、自分で考えるよりは、経験してる人の意見を聞いたほうがいいなと思って。素直にまずはやってみようと。なので料理長クラスまでは行きたいと話したら、じゃあ最初厳しいところのほうがいいと思うし、日本で一番お金が動いてるのは東京だから、良い食材も動いてるし、良いお客さんが来る。使うお金の額が福岡よりも東京のほうがでかいから、扱う食材も福岡じゃ扱えないような食材をバンバン扱ってるところに行ったほうがいいって言われたので、それで東京の一流って言われてる中華のレストランに就職しました。

そちらは何年働かれたんですか?

3年半で辞めて、その後は親戚のラーメン屋さんに就職しました。

ラーメン屋さんですか。

本当はそこの三代目の社長になるような流れで育ててもらってたんですけど、ラーメンって本当に職人さんの世界なので、すごい難しいっていうのもあったし、一つのことを追求していく世界なんですよね。そこに対する熱量が社長のように持てるかってなったときに、ちょっと僕難しいなと思ったのがあったので、その世界に飛び込んでみて、魅力はもちろんあったんですけど、難しかったですね。
海外も経験させてもらったり、東北の震災の炊き出しとか、1年間で、14、15回くらい先輩とマンツーマンで行かせてもらったりとかできて、すごい貴重な体験をさせてもらったので、僕は社長には感謝しかないです。その後はホテルの洋食で働いたりしました。

NewPondさんとの出会いはその後ですか?

27歳の時に何を思ったのか、東京はもういいやと思って、博多に帰ろうって急に思ったんですよ。一回帰ろうと思って帰ってきたのが27歳の時で、帰ってきてから、友達の紹介でオープニングのところの募集をいただいたので、20歳から7年間博多の人脈ゼロで友達に頼るしかなかったので、そこでオープニングのお店で店長兼料理長として雇ってもらいました。

料理長からはすごいですね。何のお店だったんですか?

そこは洋食みたいな、バルみたいな、今のスタイルにちょっと近いような、お店を3年くらいやって、その後がNewPondから話がきて、独立っていう流れですね。

もともとNewPondの方とはお付き合いがあったんですか?

中学校の同級生の親御さんの持ち物だったんですよ。 30歳の時に三十路の同窓会があったんですよね。僕が勤めてた店長兼料理長のお店を貸し切りでしました。 同窓会があった時に、NewPondの親御さんの娘さんが同級生で来てて、「独立とかする気ないの?」って言われて、「する気ないです」って断っていて。僕する気なかったんですよ。怖いじゃないですか、だって全責任自分で持たないといけないから嫌で、もう雇われてのびのびとやりたいから、独立する気ないって言って。 断ったら、一回ちょっと話聞いてみない?っていう感じで、渋々NewPondに足を運んで、そのお母さんと、ここなんだけどどうかな?っていう話をされたんですけど、またそこでも断って。だけど、同じ月に独立の話が3件来たんですよ。

すごいじゃないですか。

これは僕、流れに逆らっちゃダメだなと思って。独立することはもう覚悟を決めて、その3つの中で、一番最初に頂いたっていうのも、もちろんあったし、条件としても一番良かったのがNewPondだったので、じゃあもうやりますっていう。知らない人には貸したくないから、誰かいないかなーっていうのを娘さんに相談した時に私がなんか候補に上がったらしいです。なので地元なんですよ、実は僕この辺が。

そうなんですね!そういう繋がりだったんですね。 次にお店のこだわりについてお伺いできますか? 特にお店として大切にしていることやポリシーを教えていただけますか?

お客さんとお店がひとつになるというところを大切にしています。料理が美味しいだけでもお客さんは来ないですし、人が良いだけでも来ないし続かないですし。料理人にあるあるなのが、美味しい料理を作ったら人が来ると思っている人がすごい多いんですよ。
こんだけ美味しいの出してるから来るだろうと、自己満足に陥ってしまう料理人の方が多いんですよね。たぶん自分もどこかでそういうタイミングがあったと思うんですけど。働いてる人たちのほとんどは、当然なんですけど、「いらっしゃいませ」とか、「またお越しください」「ありがとうございました」っていうのは、仕事の一連の言葉として言うじゃないですか。自分が独立して始めてみたら、「ありがとうございました」って言って、ちょっと涙出そうになったんですよね。今でも覚えてるんですよ。
来てくれたお客さん「あぁ、来てくれた」「うちの店に来てくれた」って思った。で、「美味しかったです。」なんて言われたら、もうよかったぁってね、心から思ったのを覚えていて。でも、それは雇われている時に思うのはなかなか難しいですよね。でも、来てくれたお客さんに、「ありがとうございました」とか、「またお越しください」とか、「いらっしゃいませ」って、本当に心を込めて言える経験を一人でも多く、出来たら凄いなと思って、その思いをスタッフには伝えはするけど、難しいのは分かっているので押しつけはしないんですけど、それぐらいの熱量でやれたら多分面白いだろうなと思っています。

言葉に心を込めるって大切ですよね。

忙しい時は現場から離れられないんですけど、そこから「ありがとうございました」って顔は必ず見るようにしながら言っています。働いてるスタッフも料理しながらありがとうございましたとか言ってたりとか、手元見ながら言ってる人って、すごくもったいないなって思うので、お客さんのひとりひとりのおかげで 自分たちのお給料が出てるっていうのにって思うんですよね。
まだ気づけてないから、そういうのは雇われてるとか 独立してるとか関係なく、自分の給料ってそこから出てるっていうのを、ちゃんと自分に落とし込めるようになったら、多分「ありがとうございました」も今までよりも気持ちは入れられると思うし、もうちょっと大事にできると思うんですよね。お客さんのために考えられると思うんですよ。あの人ドリンク足りてるかなとか、パスタ食べてる時に、うちはお箸で全然食べるようなお店なんで、お箸でパスタ食べる人も全然いるんですよね。けど、なんか食べにくそうにしてたら「フォークとスプーンいりますか」って声かけてみようかなっていう自発的な動きが生まれてくると思うんですよ。僕は作業でやっているのを仕事と思ってほしくなくて、ひとりひとりに人のことを考えて動くっていうのを仕事として認識してもらいたいなっていうのがあります。
これは時間もかかるし、エネルギー相当使うんですけど、それをできれば自分の組織の中では当たり前のレベルまではやっていきたいなっていうのが僕が思っている一つではあるんですよね。それができるようになったら本当にひとつになっていけるのかなと思っています。

そういう思いをスタッフの方へ伝える場面はたくさんあるんですか?

自分の中では伝えているつもりなんですけど、まだまだですね。

そうですか?お店を利用したときによく気づかれてるなって思いましたよ。

ありがとうございます。結構個々のポテンシャル任せなところがどうしてもあるんですよね。もう初めから僕が何かを伝えるわけでもなく、気の利く子っているじゃないですか。その子を育ててくれたご両親に感謝なんですけど、そうやって気づいてくれる子とかは、ナイスって思うんですよ。やっぱりそうじゃない子も中にいるので、チームとして、それが当たり前レベルに、みんなどうにかそこのステージまではみんなの力で持っていけたら、お客さんの満足度の変動が少なくなってくると思うんです。 あの子の接客最悪やったな、けどあの子は良かったなっていうお店って勿体ないじゃないですか。なので、みんな良かったね、特にあの子凄かったね、は良いと思うんですよね。そういうチームにしたいなっていうのが、それがお店の名前に繋がってくるのかなと思っています。

すごく「ひとつになる」っていうイメージが今の話を聞いてわかりました。

ありがとうございます。

では、次にお店の一押しメニューを教えていただけますか?

昼はスパイスカレー中心なんですけど、夜はブイヤベースとアタマパッツアとバーニャカウダーですね!

ブイヤベースはお鍋もありますよね。

鍋もありますね。ブイヤベースのちゃんこ鍋みたいな。 魚でイタリアンでって考えたときに、よくあるものを出しても面白くないなって思って、 イタリアで魚をベースにした出汁があるんですよ。それを使った魚の料理を考えていった時に、世界三大スープの一つらしいし、ブイヤベースって意外と皆さん馴染みないから、ちょっと面白いかもって作ったらめっちゃうまかったんですよ。 ブイヤベースって馴染みがないんで、普通にメニューにあっても選ばないんですよね。だけど食べてほしくて。実際コースにも入れてるんですよ、もう無理くりでも食べてもらうコースに入れてると、皆さんめっちゃ美味しいって喜んでくれるんですよ。けど食べてみないとまた頼もうってならないし、ここに埋もれてたら多分素通りするんですよね。
和食出身で天皇家に料理を出してた人で、自分でも商売を25年ぐらいされていたんですけど、今後は若い人たちを盛り上げていく側のことをしたいっていうので、うちに来てくれた料理人がいるんです。若い料理人とかも育ててもらって、その人のおかげで魚が強いんで、NewPondは肉バルなんで、Uhkhaを魚バルとしてやっていこうというような流れで どんどん変わっていくわけです。

Uhkhaさんは魚バルですよね。どういった方に食べてほしいですか?

ワインに合わせて食べてほしいなっていうこっち側の意向はあるんですけど、全然焼酎でもいいですよね。手間をかけて作っているのが多いんですが、それをいろんなところで食べてる方って結構気づかれたりするんですよ。これ結構手間かかってるでしょとか。これすごいね、味が深いねとかって言ってもらえるとやっぱり料理人として嬉しいじゃないですか。そういう見えないところを見ようとしてくれるお客さんが多くて、そういう方たちがやっぱり来ていただけると嬉しいなと思います。

Uhkhaさんのお料理って楽しいものが多いですよね!

魚の頭を使った煮付けはよくあるじゃないですか。魚を捌くとどうしても頭が余るんですけど、頭って結構髄から味が出るからうまいんですよね。それを煮付け以外に、イタリアンでってなったらアクアパッツアおいしいんじゃないってなって。頭だけだと食べるところが少ないから身もプラスで入れるんですけど、ふざけたくて、このアタマパッツァって名前にしたいって僕が言いました。

面白いですね!

アクアパッツァじゃなくてアタマパッツァでーすって。これも代表的なイタリア料理です。 あと、バーニャカウダーって野菜だけのイメージじゃないですか。これも魚も一緒に食べてもらいたくて。巻いて食べてもいいですし、そのまま魚にソースを付けてもいいです。

初めて見ました。でも楽しいですよね、見た目も。

そうですね。楽しんでもらえるようにっていうのがありますね。

Uhkhaにこれを食べに行こうみたいな感じになりそうですね。

今日はこれみたいな。そうなってほしいなっていうのがありますね。お客さんが何を求めているかをやっぱり汲み取って作っていきたいですね。ただ発信をしていかないと、食べてもらったりとか、盛り付け一つで変わってくると思うんですよ。伝え方とか見せ方次第でお客さんの満足度が変わってくると思うので。

では、これからのお店についての展望や、今後新たに挑戦してみたいことをお伺いできますか?

今後は、農業や漁業の方々と絡めていけるような形で何かできればなと思っています。その理由が、食でずっとご飯を食べてきているので、このまま死ぬまで僕は食に関わっていきたいと思っているんですよ。フードロスの話が出てたり日本国内でも色んな問題がある中で、農家さんが頑張って育てた野菜が間に入る人がいることで出荷できずにある現状をなんとかしたいと思っています。
フードロスは年間で何百トンとかの話で出てきてるんですよね。例えば大根の農家さんで曲がりました、普通に育ててたら曲がるんですよ。先がちょっと2本に分かれている大根とか人参やナスもそうですけど、真っすぐに育つわけではない野菜があります。規定のサイズじゃないと出荷ができないってなったら 全部ロスなんですけど、味は変わらないし、むしろ美味しいと思うんですね。そのロスになるっていうのは、可笑しな話って僕は思うんで、家庭でも飲食店やホテルであっても、皮をむいたり、ペーストにしたり、刻んだりしたら元々が曲がっていようがなかろうと、どっちだっていいじゃないですか。味が美味しいかどうかか重要なのに、ロスになっているところがすごく悲しいと思っていて、そのフードロスにつながらないように消費者や飲食店や農家さん、漁業とか畜産もそうですけど、間に入る人が居なくなると、そこで働いている人たちが困るんでその配慮は必要ですけどね。
ただ、農家さんと直接繋がって取引ができるような仕組みができれば、農家さんはロスになっていた分をちゃんとお金にできるし、我々とか一般家庭の消費者もスーパーで買うより安く買えるじゃないですか。僕はそういう仕組みづくりに関われたらなぁと思っているのが一つです。
あと、筑紫口自体がまだ、飲食店がここ数年で増えては来てるけど、福岡に住んでる人が「ご飯食べに行こう」ってなった時に、例えばデートでどこに行くってなったら、天神とか薬院とか平尾とかの方がパッて思い浮かぶと思うんですよね。「博多の筑紫口に行こう」って人は多分少ないと思うんですよ。そのためには博多の筑紫口にもこういう良いお店がいっぱいあるよっていうのを、街全体で発信していくことをしていかないと、なかなか難しいのかなと思って。 でかいこと言うと、町おこしみたいなかたちで、いくつかの飲食店さんや、もっと言うと福岡市に協力してもらいながら、筑紫口も面白いお店がたくさんあるよとか、思い浮かぶと思うんですよ。オクトーバーフェストとかって冷泉公園であるじゃないですか。中比恵公園何も無いじゃないですか。あれだけだだっ広くて何も無いんで、何かしたいなって思ってるんですよね。そういうのも含めて自分の店がっていうよりは、この街にもっと人が賑わえば、飲食店限らず他の企業さんとかも含めて、もっと分母を増やしていく動きを今後はしたいなっていうのは思ってますね。

筑紫口ですね。Taberiiも協力させてほしいですね。

せっかくですからね。Taberiiさん地元密着型なんで、特にそういうのをやっていくのに色々と力を借りていきたいなと思ってます。

こういうフードロスのこととかってどういうきっかけで考えられるんですか?

直接、農家さんから仕入れるようなものもあったりするので、食に関わっていると耳にしてくるとは思うんですよね。自分が興味を持っているから入ってくるかわからないですけど、やっぱりそれを気にしている人もいますもんね。どうにかならないのかなとか。実際に今それで動いていらっしゃる方もいるので。

河原さんの素晴らしい展望を聞けて素晴らしいと思いました。 最後にですね、Taberiiについて最初どう思われましたか?

いいなって思いました。

ありがとうございます!

だって福利厚生じゃないですか。多分お話を最初にもらった時に言ったと思う。お疲れ様です。またお会いしましょうって。 多分、利益が余っている企業さんって絶対たくさんあると思うんですよね。利益出すのが会社として当たり前のことなんで。ただその利益が税金で流れていくか、働いている人たちに還元するのかどっちってなったら絶対そこの社長は働いてくれている人たちに還元したいってなるはずなんですよ。その方法としてTaberiiさんがやっている企画って、僕ももってこいだと思うんですよね。その手があったかって多分なる方もいると思うんですよ。

でも、河原さんは実際に自分でもしてみたい、そうしようとされてますよね。

そうですね。ただ、それを企業としてされているTaberiiさんは、僕、めちゃくちゃいいな、素敵だなと思ったんで、即契約、全然いいですよっていう話になったと思います。

ありがとうございます。Taberiiの思いについて、共感していただけたのはすごくありがたいですね。こういった輪がどんどん広まればいいなと、私たちも思っていて、社会や地域を盛り上げていきたいというのは同じ思いかもと、今日インタビューさせていただいて、すごく思いました。本日はありがとうございました!

はい、しゃべりすぎました(笑)こちらこそありがとうございました。